私の大好きな東北が、福島が、震災で滅茶苦茶になってしまった日。
高校を卒業してから1人旅行した会津に恋に落ちて、高校時代まで熱中して
専攻する予定だった西洋史を捨てて、何度も福島に通った大学時代。
ここ数年はやりの?歴女だったの。
徹底的に調べまくって、サイトも持ってたり、福島出身の方や遠く関西エリア
までお友達もできた。
産まれも育ちも関東だけど、「東北」は今でも私の心の礎だと思う。
u26
写真は、昔ネットで知り合った歴史仲間の方が、イギリスへの餞別で作ってくれました。
私の研究対象で、超ファンだった山川健次郎という人のイメージぴったりの和装です。

3・11のこと。
当日は、働いていた会社の研修で池袋の近くの茗荷谷にいた。
東京でもすごい地震で、何とか揺れがおさまった頃には東北の状況を伝えるラジオ。
ショックというか、衝撃というか、呆然としてしまった。
次の日に家に帰ってからも、地震の映像、津波の映像、原発の映像。
私の知ってる東北がもう無いのかと思うと、何度も涙がこぼれた。

3月に起こった地震の後も、普通に会社での仕事はあって、4月に新人くん達が入ったり
バタバタと日常は過ぎて行った。
飲み会は自粛というムードだったので、「その分、皆で募金しましょう」と上司に言ったら
「お前えらいな」で何もせずに終わった。
「休みを取ってボランティアに行きたい」と言っても「正気じゃないよな?」と言われた。
今まで先輩の無視やイジメもあったけど、会社が自分の中で確実に「終わった」のは
この時だと思う。
8月末に退社してイギリスでのボランティア開始は決まっていたけど、そうじゃなくても
あの会社・職場では、どちらにしろ長く続かなかっただろうなぁ。

7月、ようやく気仙沼にボランティアに行くことが出来た。本当に何もなくなってる。
目の前に現実があると、意外に涙は出ないものだった。
心中が複雑すぎた。

直接、被災した訳でも、家族や友達を亡くした訳でもないので、心が痛んでも
被災者の本当の辛さ・苦しさは分からないと思う。
今日だけ「お悔やみ」をいうのも偽善っぽい気もする。

毎日ではないけど、時々ふと楽しかった東北の思い出や震災のことを思い出します。
大学時代は、自分がまさかイギリスの人と一緒になるなんて、想像もしてなかった。
でも、全く関係ないともいえない。
会津はじめ、東北のまっすぐで優しくて芯の強い人柄に触れて、勉強させてもらったから
ボランティアという道を選んだのかもしれない。
今年行けるか分からないけど、いつかJと一緒に、私の東北に帰りたいと思います。
そんな気持ちで、今日はYorkMinsterの中でお祈りしてきました。
私を含めて、すべての人が悔いの無いよう、精一杯生きられる世の中でありますように。